3月〇日 くもりのち雪
今日は寒かった。雪も降った。
こんな日は『くろねこさんの話』を思い出しちゃうな。
おかあさんがボクに教えてくれたのは、こんな話だったよ。
むかーし、私が看護師になって間もないころ
夕方、仕事が終わって、住んでいたアパートへ帰ったときね。
その日は雪がちらついて、寒くて急いで玄関の鍵を探していたら
『にゃーおん！にゃーおん！』って、どこからか呼ぶ声がして。
「おいで！」ってが言ったら、路地の陰から
ひょこっと、まっ黒い、やせっぽちのネコさんが歩いてきたの。
かわいい！お腹すいたの？
家に何か、ネコさんの食べられるものあったかな…と思いながら
ドアを開けたら、ネコさんが一緒に部屋に入ってきちゃった。
とりあえず、ストーブをつけて暖かくして、魚肉ソーセージと
お皿にお水を入れてあげたら、あっという間に食べちゃって。
そしたら、ストーブの前でゴロゴロのどを鳴らして
横になって眠っちゃった。
そっと撫でてあげていたら、お腹がゆっくり動いたの。
そうなの。赤ちゃんがお腹にいたの。
「あなた、お母さんなの」って言ったら、
きれいな優しい目でこっちを見てね。
なのに、すぐ立ち上がって玄関に行って、
『にゃー』って、ドアを開けてほしい、って鳴いた。
寒いし心配だったけど、
決まったおうちがあるのかな、と思って
「気を付けて帰ってね」って送り出したんだ。
その日からしばらく、くろねこお母さんと会うことはなかった。
少し暖かくなってきたころ、仕事がたくさんあった夜に
すっかり暗くなった道を歩いていたら
「にゃーおん」って聞こえた！
「あ、お母さんなの？おいで！」
って言ったら、あの日みたいにまた、路地の陰から出てきて。
そしたらね、「ミャーミャー」って鳴いて、仔猫が4匹一緒に出てきて！
かわいいの！うちに来た頃の、きびたみたいだった～。
「わあ！お母さん！頑張ったね、見せに来てくれたの！」って。
うれしかったな～。
それで、玄関のドアを開けたら、
くろねこお母さん、私より先に部屋に入って。
玄関のドアを開けたまま待ったけれど、
仔猫たちは鳴きながらウロウロ。警戒してだれも部屋には入らないの。
くろねこお母さんは、ご飯をいっぱい食べて、前と同じように
ストーブの前でゴロンと横になって、そしてなんと眠り始めた！
「ええ！仔猫たちどうするの！」と思って、私は何度も何度も
部屋と玄関と行き来して。でも、仔猫は玄関に入ろうとしない。
「お母さん、子どもたちずっと鳴いてる」って、小さい声で言ったら
『しかたないねえ』って感じで起き上がって、外へ出て行ったの。
不安だった仔猫たちは、いっせいにお母さんにくっついて。
私は暗い路地まで見送ったけど、
くろねこお母さんが、一度だけこっちを振り向いてくれた。
それが、お母さんと会えた最後だった。
ある日、少し離れた家の前で、おばさんが数人で立ち話をしてて。
「あの黒い猫！うちの敷地で子どもを産んだらしいのよ」
「そのあと、玄関前に死んだネズミを置いてったの！気持ち悪い！
頭にきて追い払ったら、やっといなくなったわ」って。
確かにびっくりするよね。でも、猫が家の前にネズミを置いたのは、
きっと、お礼のつもりだったんだよね。
……あの、くろねこお母さんだよね。
おかあさんの住んでいたアパートは、病院のものだったから、
猫を飼ってはいけない、ってきまりだったんだって。
ボクはなんとなくわかるよ。
くろねこさんは、
人間とずっと一緒にいられることはない、って
初めからわかっていたんじゃないかな。
ああ、だから、おかあさん、
「猫が冷たくなっているの?そりゃ間違ってる」
って、冷たい窓から外を見てるボクを見つけて、
ぎゅーって抱っこするんだね。
明日は暖かな日になりますように。
